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ゼロから、この事業を始めた理由

すべては、ばあちゃんとの日々から始まった 

初めまして。

株式会社Radical Shine(ラディカルシャイン)代表の宇野山 隆貴(りゅうき)です。

生まれは大阪府岸和田市。

あのだんじり祭りで有名な場所です。

毎年あの熱狂の中を走り回る…どころか、

途中で抜けて屋台のイカ焼きを食べることに全力を注いでいた子どもでした。

今回は、そんな僕がどうして福祉の会社をしているのか。

それは障がいをかかえていた祖母の存在です。

昔話を交えながら、お伝えできればと思います。

■ 朝が弱すぎた少年の話

小学生の頃、学校から家まで徒歩30分という、なかなかハードな通学路でした。

さすがに遠すぎると、母と祖母が頭を悩ませた結果、

学校から徒歩3分の場所に住む祖母が「専属送迎係」として名乗りを上げてくれました。

こうして僕は、毎朝祖母に迎えられるという、

VIP待遇で学校生活をスタートさせます。

ただし、問題が一つ。

僕は、朝がとにかく弱い。

祖母が迎えに来ても、まだ夢の中。

そのまま抱っこされてリビングへ運ばれ、

寝ながら朝ごはんを食べるという、朝活をこなしました。

車に乗ればさらに爆睡し、

祖母の家で目を覚ます頃にはエネルギー満タン。

学校に着いた瞬間、元気に遊び回るという、

お釈迦さまも呆れるほどの子どもでした。

■ 宿題という大魔王

そんな僕にも、唯一の敵がいました。

それが宿題。

僕にとって宿題は、この世に現れた大魔王。

遊びたい気持ちの前では、

ドラゴンボールの悟空でも「今日はちょっと無理」と言い出すレベルの強敵です。

ランドセルを放り投げて遊び回った結果、

翌日は安定の居残り。

窓の外から聞こえる楽しそうな友達の声は、

僕にとって

エサを前に「待て」をされている犬の気持ちになり、よだれが止まりませんでした。

■ ばあちゃんの神対応

「なんとかして、この地獄から逃げたい」

そう思った僕が、小学1年生で編み出した禁断の技。

それが

「ばあちゃんに宿題をやってもらう」

恐る恐るお願いしてみると、

祖母はまさかの即答。

「いいよ」

そのスピード感に、

「ほんまは宿題やりたかった?」と思ったほどです。

ただし、ここで一つ問題が。祖母が完璧すぎると先生にバレる危険がありました。

■ 作戦

ただし問題は、バレないこと。

完璧すぎると、確実に先生に疑われる。

そこで僕は、祖母に細かく指示をお願いしました。

「全問正解はあかんで」

「字はちょっと汚く」

「できれば左手で」

その結果、祖母は見事に“プロの手抜き技”を披露。

絶妙に間違え、絶妙に汚い字。

その完成度に、僕は

「ばあちゃん、この専門学校を卒業した?」

と思いました。

■ バレた瞬間

しかし、そんな作戦も長くは続きません。

割り算が始まった頃、

僕はまだ掛け算すら怪しい状態。

「宿題ではできているのに、学校ではできない」

その違和感に、ついに先生が気づきます。

母が学校に呼び出され、

先生から一言。

「口で言うのが苦手みたいですね」

その瞬間、僕は悟りました。

「あ、終わった」

次の瞬間、先生は僕に向かって

「しちしち?(7×7は?)」

と言い、先生と母は同時に目線を僕に向けました。

その時の二人は、僕には風神と雷神にしか見えませんでした。

僕の背中と額には、滝のような冷や汗がながれ、

足元には8L弱の水たまりができていました。

完全に、自滅。

てか先生!今考えると「九九の中でも一番難しい問題やん。」

■ あの時間の意味

でも今振り返ると、

あの時間は、すごく温かいものでした。

ばあちゃんは、いつも隣にいてくれた。

何も言わず、一緒にいてくれた。

■ 気づけなかったこと

ただ一つ、当時の僕には分からなかったことがあります。

それは

ばあちゃん自身も、

助けを必要としていたということ。

幼い僕は、気づいていませんでした。

■ すべての原点

この経験が、

今の自分の原点になっています。

次回は、

ばあちゃんの強さと葛藤、そして自分が目指す未来について書きます。